「うわあ、よりによって何で私の真上になんか来たんだろう。もしも私の頭に止まったりしたらどうしよう。お客様のもの笑いの種になってしまう、そんなの恥ずかしすぎる、やだやだ。絶対こっちに来ないでよ」「それにしても私じゃなくたっていいのに、何だって私の真上に来たのだろう。そうか、このライトのせいか。よくも熱い上に蛾まで呼び寄せてくれたものだ。犠牲者になってしまった私って本当に運が悪いなあ・・・」
集中力には欠けていたかも知れないが、とりあえず演奏はほぼ無事に続行され(ていたと思う)、その間中私の頭の中では絶えず物体に気をとられてしまう自分と、それを何とか音楽へ向けようという自分との葛藤が行われ、またその合間にはどうかどこかへ飛び去ってほしいという願いもさらに加わり、苦しい演奏時間が過ぎていきました。
しかし私の心の叫びも空しく、蛾はついにその曲が終わるまで私の頭上を回り続けたのです。そして曲が終わると同時にあっけなくどこへやら飛び去っていきました。拍手と共に聞こえてきたのは、なごやかな笑いでした。しかし舞台の上の私はさきほどまでの苦悩を思いっきり笑いとばすこともできず、何とも言えない泣き笑いに近いような苦笑いをせざるを得ませんでした。
コンサート後に聞いたことには、蛾はただやみくもに飛び回っていたのではなく、なんと音楽に合わせてぐるぐる回転していたというのです。「蛾もみんなと一緒にコンサートを聴いていたのだねえ。」と聞いたら、何だか微笑ましい気持ちになりました。「なーんだ。そういうことだったのなら、色々と心配することもなかったなあ。」
山の中の工房でのコンサートならではの思い出です。
|