きっかけ
素晴しい師との出会い
閉ざされた音大への道
リコーダー奏者として
Part 1〜お笑い編
Part 2〜怒り編
Part 3〜苦笑い編
リコーダーのこと
リコーダーの簡単なご紹介
リコーダーと「たてぶえ」



一口にコンサートといっても、会場は実にさまざまであり、ある時にはコンサートホールや教会などといったオーソドックスなところ、ある時にはお寺、はたまたある時には酒蔵といった具合にこちらもびっくりしてしまうようなところもあります。

さて「3本のリコーダーによるコンサート」と題してトリオで演奏旅行をした時のこと、鳥取でのコンサート会場はなんとさる有名な陶芸家の工房でした。

人里離れた山の中にあり自然がいっぱい(虫もいっぱい)で平常はあまり人も来ないだろうと思われる工房(まあ工房とはそのような場所にあるのが常なのだろうが)、普段はきっとろくろを回したり焼く前の作品が並べられているであろう工房がこの日のために片付けられ、即席の舞台が設置されていました。ライトは舞台上にスタンドを使って設置してあり、このスタンドはスタンドにしてはかなり高さがあるものでしたが、舞台の上部から広く全体を照らすというには程遠く、われわれの真上から直接狭い範囲をがんがんに照らすといった具合でした。

ライトはちょうど私の頭上を照らすような具合の位置にあって、真上からじかに照りつけるライトの熱で髪の毛が熱されて頭が熱くなってしまい、結構参ってしまいました。しかしそんなことは大した問題ではなかったのです。
 

前半の2曲目あたりのまだまだ緊張感がみなぎっている(これは私だけだったと思うけど)演奏真っ最中のこと、何かが舞台の上の方を飛んでいるのようなのです。上を見上げて確かめるわけにはいきませんが、どうやら蛾のようです。まあ演奏中ですからそんなことをいちいち気にしている場合ではありませんし、そのうちどっかへ飛んでいくだろうくらいに考え、しかもまだかなり緊張しているせいもあって初めはそれほど気にしないでいました。

ところがその物体は一向に飛びさる気配もなく、私はだんだんと嫌な予感がしてきました。かといって演奏中の身ですから「シッシッ」と追い払う訳にもいきません。「困ったなあ。身体に止まられでもしたら、追い払うこともできない。演奏中なんだから頼むから邪魔しないでよ」と願いつつ、曲に集中しようと自分に言い聞かせました。まだこの段階では音楽に対する集中力はそれほど鈍っていませんでした。 

しかし上の方を漠然と飛んでいた物体が、いよいよ我々3人の演奏者に接近してくる時がやってきました。「げっ、やだなー。真剣な場なのになんて邪魔な奴め。」「いやいや。こんなことごときで負けてしまってはいけない。第一聴いて下さっているお客様に失礼ではないか。演奏家として何があろうともきちんとこの演奏をまっとうしなければ・・・」などといった心の葛藤をよそに奴はさらに近づいてきて、ああ何たることでしょう、私の頭のすぐ上でぐるぐると回転し始めたのです。




「うわあ、よりによって何で私の真上になんか来たんだろう。もしも私の頭に止まったりしたらどうしよう。お客様のもの笑いの種になってしまう、そんなの恥ずかしすぎる、やだやだ。絶対こっちに来ないでよ」「それにしても私じゃなくたっていいのに、何だって私の真上に来たのだろう。そうか、このライトのせいか。よくも熱い上に蛾まで呼び寄せてくれたものだ。犠牲者になってしまった私って本当に運が悪いなあ・・・」

集中力には欠けていたかも知れないが、とりあえず演奏はほぼ無事に続行され(ていたと思う)、その間中私の頭の中では絶えず物体に気をとられてしまう自分と、それを何とか音楽へ向けようという自分との葛藤が行われ、またその合間にはどうかどこかへ飛び去ってほしいという願いもさらに加わり、苦しい演奏時間が過ぎていきました。

しかし私の心の叫びも空しく、蛾はついにその曲が終わるまで私の頭上を回り続けたのです。そして曲が終わると同時にあっけなくどこへやら飛び去っていきました。拍手と共に聞こえてきたのは、なごやかな笑いでした。しかし舞台の上の私はさきほどまでの苦悩を思いっきり笑いとばすこともできず、何とも言えない泣き笑いに近いような苦笑いをせざるを得ませんでした。

コンサート後に聞いたことには、蛾はただやみくもに飛び回っていたのではなく、なんと音楽に合わせてぐるぐる回転していたというのです。「蛾もみんなと一緒にコンサートを聴いていたのだねえ。」と聞いたら、何だか微笑ましい気持ちになりました。「なーんだ。そういうことだったのなら、色々と心配することもなかったなあ。」

山の中の工房でのコンサートならではの思い出です。